遺書

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思ひでぽろぽろ

私の中学校三年間の思い出は、部活動です。

 

一般的な中学生が卒業文集の頭に用いる一文ですね。

 

今日、中学校の卒業文集を読みました。

やっぱり思い出話とロッククライミングは嫌いな人がいませんよね。

 

中学校生活を締めくくる文章、内容は様々です。

思い出を振り返るもの、夢を語るもの、中には己が心内を詩に表したものまでありました。

 

いいなぁ。

 

同級生の活力に溢れた文章を読んでいると、やはり気になることがあります。

 

自分はなんて書いたんだろう。

 

希望に満ちた彼らと同じく、大きく夢を語ったんだろうか。

それとも、最後くらい調子に乗ってヘンテコなことでも書いてるのかな。

 

当時の僕の文章がちょっと楽しみな自分がいました。

 

そして見つけました、そこには

 

タイトル「思ひでぽろぽろ」

 

ふふ、掴みは割といいじゃんと薄ら笑みを浮かべながら本文を読み進めました。

 

しかしそこには、やたら堅い文体で書かれた体育大会の思ひでしかありませんでした。

 

タイトルとのギャップを狙ったボケなのかな、いやそれにしてもおもしろくない...

 

まあ当時は部活動と行事がテッパンのネタでしたから、それを選ぶのも無理はありません。

 

だけど、せっかくなら将来の目標なんかを語って見せてほしかった。

 

自分のつまらなさに落胆して文集を閉じました。

 

それから考えたんですけど、それしか書けなかったのは

ただ3年間を、消費していただけだからなんじゃないかなあと。

 

当時の僕は、というより、僕は生まれてこの方、主体性を持ったことがありません。

 

小学校から中学校卒業まで、半ば強制的にサッカーを続けていました。

 

だからといって親や周りの人間のせいだ、とは言えません。

 

サッカーをやめてまで、何かをしたいと考えることすらしませんでした。

 

高校に入り、お前は自由だ、と言われました。

 

義務教育7年間、1秒たりとも自らすすんで何かをしようと考えたことのない僕には

 

あまりにも、広かったんです。

 

運動部に誘われ、文化部に誘われ、一年生。

 

なんとなくやめとこう、なんでって言われると困る。

 

部活には入りませんでした。

 

かといって、習い事もしませんでしたし、ゲーム以外の趣味はありませんでした。

 

目標もなく溺れる高校三年間は、地獄でした。

 

未だ地獄じゃなかった期間は、ほとんどありませんけど。

 

そして主体性ゼロの僕は、エスカレーター式に進学できる高校へ入学していたため

 

学部を決定して、推薦書を書き、面接をするだけで大学へ進学できたのです。

 

ここで気が付けばよかったな、って思うことがあります。

 

でもそれは無理な話です。

僕には進学先を変えてまでやりたいことがなかったから。

 

それも自分の責任です。探してなかっただけでしょうから。

 

僕は大学に行けなくなりました。

 

人生終わったのかなぁ、これからどうなるのかなぁ。

そんな風にぼーっと考えて、ちょうどその時期に始めたバイト通いでした。

 

このままではと思い、母にその旨を打ち明けました。

 

すると、自分のやりたいことをやれと言葉が返ってきました。

 

嬉しかったのか、どうなのか、その時の感情はよく覚えていません。

 

ただ、授業から逃げ出した情けなさから、涙を流しました。

 

それから少しの間は、開放感を得て、ストレスがほとんどありませんでした。

 

自分を殴らなくなったり、家で叫び声をあげることがなくなったのは久しぶりでした。

 

 

僕にはやりたいことがたくさんある、と思っていました。

 

KSHMRやDon Diabloのような作曲家になりたい。

桜井政博さんや小島秀夫さんのようなゲームクリエイターになりたい。

かっこいいビデオを作りたい。

漫画が描きたい。

 

憧れていました。

 

みんな輝いてるなあ、かっこいいなあと。

 

実際やってみもしました。

 

作曲ソフトを買い、数週間いじってみたり。

ゲーム制作ソフトでゲームを組み立ててみたり。

ビデオを身内の間で公開したり。

ペンタブでしばらく絵を描いたり。

 

全部、やってみました。

 

全くやったことのない人よりも少しだけできる程度のスキルは身に付いたと思います。

 

だけど、やりたい、と思えませんでした。

 

私にあったのは目標や夢ではなく、憧れでした。

 

目標の達成のために、努力ができない。

 

夢の実現のために、下積みができない。

 

根気がありませんでした。

 

わかってたことかもしれません。

 

サッカーに7年耐えたなら、根気は身についたかな、と甘いことを考えていましたが

 

ただ、耐えていただけです。努力なんてしたことありません。

 

未来のことを決めつけるのは好きではありませんが

 

たぶん、僕には無理です。

少なくとも、今のままでは絶対に。

 

わかってます。

 

ただここからが僕の最悪の部分で

 

全てが面倒に感じて、なにもしたくないんです。

 

「音が気に入らないなら、シンセサイザーを買えばいいじゃん。」

 

わかっています、ただもう働きたくないんです。

 

「欲しいもののためなら、働けるでしょう。」

 

仕事内容にもよりますが、興味ないことやって金もらっても苦痛でしかない。

 

欲望よりも、面倒さが勝つこの思考が邪魔で仕方ありません。

 

かといって、それを払拭するために努力するのも面倒である...

 

というようにもう何もできなくなりました。

 

するとこのように言われます。

 

「生きていくためには、働かないと仕方ないじゃん。」

 

ごもっともです。

 

だからもう、私に残された道は自殺のほかにありません。

 

これを書くために、いろいろ寄り道して書きました。

 

この考えが変わるか、自殺を決行するまで、ブログ続けようかなと思ってます。

 

自分の思考の整理をしたいんです。

 

よろしくお願いします。